「パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる」
ある新聞にホームレスの方の歌が載っていました。
 政治も経済も教育も社会も、混乱と閉塞の霧の中であるといわれています。
 今は、じっと、暗い闇の底から上を見上げて、青空を流れる雲に望みを託し、
まず身近な方々と手を携えて、あたたかい家族や地域づくりの種まきをする時かもしれません。
へちまの種をまこうかな
どんどんのびて実をつけて
風にふらふら揺れたなら
隣で泣いてる赤ちゃんの
ごきげん すっかり直るかな(胃空)

2017/08/12

永続的リンク 09:14:28, 著者: ikuu メール , 語, 3 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: ささやかな願い

星花火

おーい 雲よ 105」
鋤柄 郁夫
星花火

間断(かんだん)の
 音なき空に
     星花火 

夏目雅子(女優)が、亡くなる一ヶ月ほど前に遺した俳句という。
病室の締め切った窓の彼方に、絶え間なく打ち上がる花火。
命の燃え尽きる直前の彼女は、この遠花火をどんな思いで見つめていたのだろうか・・・。
映画やテレビで活躍し、天性の女優といわれた夏目雅子は、難病に冒され27歳
という若さで亡くなった。
 テレビで三蔵法師を演じたときの、あの清々しい姿が今も懐かしい。

 この春も、佳き人々が何人も黄泉(よみ)に旅立たれた。             
盆の月を迎え、心からご冥福を祈っていると、死というものを身近にひしひし
と感じる。
 
 そんな折、『兼好さんの遺言』(清川妙著)に巡り会った。
 93歳で亡くなられた著者が、6年前に吉田兼好の名随筆『徒然草(つれづれぐさ)』を、遺言として受けとめられて書かれた本で、「序」
にこんな言葉を寄せている。
「・・・『徒然草』を初めてよんだ少女の日から今日まで、私の歩く道を、いつも兼好さんが一緒に歩いてくれました。
そんな人生の途上、困難に遭(あ)って立ちすくみ、絶望にうちひしがれているときにも、彼の言葉はきびしく的確に、しかも親身なあたたかさを込めて、私をみちびき、生きる勇気を与えてくれました」

 著者が73歳のとき、心不全で夫を亡くし、続いて49歳の息子を末期癌で失っている。
 その間にご自分も胃の手術をされているが、そんな時、<兼好さんの声が、啓示のように聴こえてきて、その言葉に生きる勇気をいただいた>と、例えば次の様な一文をあげている。

若きにもよらず、
強きにもよらず、
思ひかけぬは
死期(しご)なり。
今日まで
遁(のが)れ来にけるは、
有(あ)り難(がた)き不思議なり。
(第百三十七段)
(年が若いとか、体が強壮とかには関係なく、思いがけないのは、死のやってくる時期だ。
 今日まで、死をまぬがれて生きていることは、不思議のきわ(・・)み(・)である。)

人、死を憎まば、
生(しょう)を愛すべし。
存命(ぞんめい)の喜び、日々に
楽しまざらんや。 
    (第九十三段)
 (人は死を憎むならば、今あるを生命を愛惜したい。
 生きながらえている喜びを、毎日よくよく心に味わい楽しまないでよいものだろうか)

 日本を代表する指揮者・岩城宏之は、病いと闘いながら、ダイナミックな演奏活動を続けられたが、平成18年に肺癌で亡くなられた。
 岩城宏之の次の俳句は、「存命の喜び、日々に楽しまざらんや」という兼好法師の教示そのままの心意気ではないか・・・。
 その言葉を遺言と感受した清川妙の深淵を思う八月である。

春浅し 
まだまだ
ヨハンシュトラウス

          (松川町元

2017/08/06

永続的リンク 09:45:38, 著者: ikuu メール , 語, 4 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: ささやかな願い

ビオトープ


伊那谷の所々に、トンボやチョウなど小さな生物を
大切に育てている場所がある。
田んぼや畑の一角を小さな生き物のために管理して
そのいのちを育んでいる。
「ビオトープ」という言葉はドイツ語で野生の小動物が
生存できる環境 といた意味であると聞いた。
「絶滅危惧種」という言葉をきくたびに、昔は悠々と
生きてきた生物が、消えていってしまう現世の不幸は
人間の欲望の犠牲ではないかと思ってしまう。
地球はみんなのもの。
蟻さんも象さんもタンポポさんももみの木さんも・・・
みんな元気で生きていける地球にしなければ!

2017/07/28

永続的リンク 12:06:22, 著者: ikuu メール , 1 語, 5 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: ささやかな願い

宮沢芳重

おーい 雲よ 204」
           鋤柄 郁夫
『人間 宮沢芳重』

宮沢芳重さんは、明治31年に年松川町
生田で生まれ、昭和46年に東京で亡くなられた。
 死の直前まで、ニコヨン生活で胡瓜(きゅうり)やパン屑を食べながら、こつこつ貯めたお金で飯田高校に天体望遠鏡を、保育園・学校・図書館には数多くの本を贈り続けた方である。
 教育への思いは強く、生涯にわたって「飯田大学」の実現に情熱を燃やし、ご自身も予備校に通い、読書研究三昧の生活を送られている。
 芳重さんの読書は哲学・思想書が多く、
『田辺元全集』『波多野精一全集』『ラッセル著作集』『鈴木大拙全集』はじめ、岡潔、
三宅雪嶺、幸田露伴など広く深い。

『人間 宮沢芳重 ~その反俗の生涯~』(下井勝井・松下拡著)が、復刻版としてこの五月に発刊され、ご恵贈いただき拝読した。
 町出身の宮沢芳重さんのことは、一町民として知っているつもりでいたが、この本により改めてその生涯に圧倒されるような感動を覚え、題名に敢(あえ)て「人間」と付けられた意味が分かった。
 
 昭和47年、亡くなられた芳重さんの旧居を訪れた著者の下井・松下両先生は、無言の旧居が問いかけてくる強烈な言葉にたじろぎ、<生きる>意味を問い直してみようと、昭和52年に『人間 宮沢芳重』(初版本)が発刊された。
 芳重さんの死後、郷里の人達はお金を出し合って「芳重地蔵」を建立した。
 またNHKは、特別番組「地蔵になった男」を放映した。
 こんなこともあって、人々の思いは高まりをみせたが、世代交代や過疎化による停滞、東小学校の廃校なども重なって次第に関心は影を潜めていった。
 しかし、芳重さん没後45年前後から、地元飯伊地域で実行委員会が組織され、
記念事業が多彩に開催され、芳重さんの遺志を実現させようとする気運が再び盛り上がってきた。
 こんな経過を踏まえ、更に多くの人達の関心を呼び覚ましたいとの願いで、復刻版が出版された。
 本は、次のような項目で編まれているが、現場の視察、資料の収集と整理、知人等へ聞き取りなど、著者の芳重さんへの思いがひしひしと伝わってくる内容に、胸にうたれる。
Ⅰ その死
Ⅱ ニコヨン学者の夢
Ⅲ 星と少年
Ⅳ パン屑と筆耕
Ⅴ 水車小屋と賃取り
Ⅵ ハコ番と予備校生
Ⅶ 芳重さんと読書
 
 本の帯には、元飯田図書館長・池田寿一氏がこんな文を寄せている。
「誰でも歩める道、しかし誰も歩めなかった道をひとりこの人は歩んだ。
 思いつめた無償の行為、それは菩薩の道であった。
 著者松下・下沢両君は、若い情熱を傾けてこの稀なる真人の究明にあたり、この人を生み育てた南信州の風土や思想の系譜を解き、その業績を具さに掘りおこして、その意義を解明した。
 この書はまさに、人間とは何か、いかにあるべきかを若人たちに問いかけるものといえよう」

          (松川町元大島)

2017/07/18

永続的リンク 09:02:15, 著者: ikuu メール , 語, 8 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: ささやかな願い

安全大会


7月9日 駒ヶ根市の小澤建設様の安全大会で話をさせ
ていただいた。
会社の安全大会にお招きいただいたのは3回目で勉強に
なった。
あれこれ資料を集めて 大事なことをしぼっていくと
結局は社員お一人おひとりの「人間力」のあり方になっ
てくる。
ひとりの油断が会社の存亡にかかってくることは
軽井沢のバス事故をみても明らかだ。 
社員の一人ひとりが「安全」に対する「意識」をもち
それを「行動」に現わしていく。
そのことが「会社の繁栄」につながり、「社員の幸せ」
に還元されてくるということを 具体例を挙げながら語
らせていただいた。


2017/07/14

永続的リンク 09:45:28, 著者: ikuu メール , 語, 7 回閲覧   Japanese (JP)
カテゴリ: ささやかな願い

雑草

「おーい 雲よ 103」
           鋤柄 郁夫
雑草

 畑に蔓延(はびこ)るオオバコ、お墓に生い茂るスギナ、土手を埋め尽くすセイダカアワダチソウ・・・。
 あちこちから悲鳴が聞こえてきそうな
雑草との闘いの季節がやってきた。
 抜いても、刈っても、掻いても、後から後から生えてくる雑草。
 憎らしくもなる雑草であるが、田んぼ道にさりげなく咲いている白やピンクのヒメジヨンは、ほっと心を和ましてくれる。
 何をもって“雑草”という仲間に括(くく)るのかは知るよしもないが、本を見ていたら『雑草のうた』という鶴岡千代子さんの詩に出会った。

せっかく花を咲かせても      
せっかく葉っぱを広げても
振り向いていく人はない
それでも平気さみんなして
むんむん草むら作ってく
どんなに喉が乾いても
どんなに埃をかぶっても
水などくれる人はない
それでも平気さ上むいて
伸びたい放題のびていく
オオバコ・ハコベ・ヒメジヨン
ちゃんと名前が付いてても
呼びかけてくる人はない
それでも平気さ いつだって
きらきらしながら生きていく
            (一行 あける)
 読んでいて、なるほどこういう見方もあるのかと、優しい気持ちになることが
できた。
 前にもふれた気がするが『仏説阿弥陀経』の中には、極楽の池に咲く蓮(はす)の花を描いた次のような一節があるという。

青色青光青陰
黄色黄光黄陰
赤色赤光赤陰
白色白光白陰
雑色雑光雑陰

 「雑色雑光雑陰」という言葉があることを知って、極楽世界は美しい色や光ばかりでなく、雑色や陰も大切にしてくれるところなんだとほっとする。
 八十路が近づき、ますます自分が「雑草」にみえてきて仕方ないけれど、「阿弥陀経」にはずいぶん慰められる。
 お経というものは、素晴しい内容を秘めている。

 延び放題に延びている雑草に「この景色は胸のすく思いだ」と綴る北川冬彦の詩は心にあるが、この頃パソコンで出会った次の詩にも心底共感させられ、雑草への思いがまた変わる気がした。

雑草    森 明

お前は何と言う名前の草だ
大切に育てた花壇の中に
いつの間にか
ふてぶてしい姿で
ふんぞり返っている
どこからきたのか知らないが
あつかましいじゃないか
無断で入り込んできて

花らしい花一つ付けるでなく
取っても取っても
嫌われても罵られても
苛められても なんのその
いけしゃあしゃあと
また出てくる

でも・・・・・・そうか
それがお前の哲学なんだな
この地にいかなる特権も
無いという
世の植物にいかなる差別も
ないという
この生物の営みこそが
自分の誇る輝きであるという
誰の庇護に依らず
何の権柄や豪奢を求めず
退廃や衰弱や虚無に陥らず
どんな片隅でも
どんな荒れ地でも
どんな汚い所でも
平気でもくもくと
緑に変えてしまう
そんなお前が俺は好きだ
 
      (松川町元大島)



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